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2010年8月

2010年8月27日 (金)

父の脳梗塞

5月の半ばに千葉の父が脳梗塞で倒れました。
命はとりとめて、左半身麻痺になり、認知症のおそれもありつつ、今は病院で母に支えられながらリハビリ生活をしています。

はじめに母から連絡をもらったときは、もしかしたら死ぬかも、と思って半泣きで千葉に帰りました。
今まで2回の脳梗塞とは違い、今回はとても重かったとのこと。母がふと見ると、まるでこの世の人じゃないみたいな恐い顔をして立ち尽くし、体の半分が自分じゃないみたいだと言うや否やみるみる崩れていったそうです。
その時偶然側にいた母がすぐ病院に連れていったために、脳梗塞をおこしてから数時間以内にしかうつことのできない「魔法のくすり」とも言われる薬をすすめられ投与しました。
その薬は最近開発された薬で、40%の人はその日歩いて帰れる、60%近くの人は良くも悪くもならない、5%は悪くなる、1%は死ぬ、というもの。
母は迷ったものの、承諾書にサインをし(その状況で先生にすすめられたらやっぱり誰でもそうすると思う)薬が投与された結果、父は悪い5%に入ってしまったのです。(電話では気丈にふるまっていた母に会うと、後悔で泣きはらした顔をしていました。)
脳梗塞って、脳の血管が詰まることらしく、その詰まりを流す薬の力が強すぎて今度は逆に脳出血を起こしてしまったというわけです。数日間様子を見て、血溜まりが脳を圧迫しはじめたので脳を開いて血を取り除く手術をすることになり、その手術が終わるころにどうにか私たちは滋賀から千葉に駆けつけました。心配するからと倒れた段階では知らされていなかったのです。
手術は無事に終わったけれど、手術後に意識が戻った父はまるで別人のようでした。
顔や体全部の力が抜けて、だらんべろんとしてて、「パパってこんな大きかったかな」と。人って意識してなくても顔の表情や体のフォルムをキュッと作っているものなのですね。ほんと別人。
意識が戻ったときに、心配していろいろ話しかけても私たちのことは目に入らず、喉がかわくのか「水、水。」と言うばかり。看護婦さんに止められていたので水はあげられないと言うと、「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから。」と、麻痺してろれつのまわらない口で言い続ける姿はこの世のものでないようでこわかった。おかしなことも言っていたし。でも死ななくて良かった。ほんとうに。でも今がどうなっていてこれからどうなるの!?とも。
頭に縫い傷・・・脳を開いたんだ・・・。
かわいい孫達の声、聞こえたかな、来たことわかってくれてるかな。
その日はかけつけた家族で夜は宴会。不安や緊張を払拭するかのように。わたしは飲み過ぎて翌日は二日酔いで使い物にならず。何しに来たんだか。夫に迷惑かけました。

あれから3ヶ月、脳のダメージが大きいらしくリハビリはなかなか進んでいないようです。でもゆっくりなりにほんの少し良くなっている部分もあるとのこと。後から入院して来た人が父を追い越していくのが苦しいと母は言います。
私は・・・。どんなことにも良い面と悪い面があるというのをここでも感じています。そうおもわないとやっていけないからかもだけど。
私と父は、(私たち兄弟と父は)ほとんど会話をしたことがありません。岩手の田舎のおぼっちゃんの出の父は東京の大きな会社の経理をしていて、まじめで、酒乱でした。毎日酔って帰っては暴れ、気の強い母と夫婦喧嘩。毎日怒鳴りあい、物が壊れ。警察呼ぶのもしばしば。日曜の朝はなんかしゅんとおとなしい父が新聞読んでる、みたいな感じ。
そんなんで両親をうらんだり、自分の寂しさの穴を埋めるのに必死だったのがこれまでの私の人生だったと思う。
それで、悪い面というのはもちろん父が病気になったことだけど、良かったのはそのことで私と父が少しだけ近づけたこと。
7月に改めてお見舞いに行った時の父の姿はまた別の意味で別人。痩せて、透明になって、なんだかきれいになっていたのです。こんな父、初めて見たし、痩せたら若かった時を思い出すなあとも。
いっつもへの字口だった父が、見舞いに来た私たちに素直な声で、
「ありがとう。」
と言ってくれたのです。
私はそのことだけで、ほんとうに、浄化されたというか。胸のつかえがとれて息がしやすくなった、そんな感じがして。ほんとうに何か神様みたいな存在にありがとうという気持ちです。
孫をつれての旅行の計画や今までの生活や、そういうのがなくなったこと、半身麻痺や脳の障害のことを考えるとつらくなるけど、その状況になって父が素直になって一瞬でも心が通い合えたこと、そういうかけがえのない良かったことを大事に、暗くならずにやっていきたいと思います。

ずっと素直になりたくてもなれなかった父は病気にならないと言えなかったのかな。
どうか世の中のみんなが、病気になるまで自分を偽らずに、病気にならなくて生きて死ねたらなあと思います。日々の微調整が大事な気がします。なんだか両親は今こんなかたちで人生のつじつま合わせをしてるような気がしてなりません。
イメージ的には、ばかっぽく、生きたらいいのかなあ。わからないけど。

これから年齢的に知っている人がどんどん死んで行く時代が始まるのだなあ。
いったい何人の人のお葬式に行くのだろう。結婚式に行くよりははるかに多い。
結婚式には渋らず行くべきだったなあ、なんてことを昨日の夜寝る前に考えてました。

Sh3f01520001


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